秋山義人の「イギリス紀行③」
第五回(続き)
由緒正しい英国ホテルの変貌
クラリジズはイギリスを代表する伝統と格式を誇る由緒正しいホテルである。
世界に冠たる超高級ホテルサヴォイグループの一員。
その中でも国賓クラスが宿泊する風格のあるホテルとして有名である。
ロビーには明らかにサヴィル・ロー仕立ての質の良いスーツを上品に着こなす紳士が闊歩し、
聞こえてくる英語は正統派クイーンズイングリッシュである。
気取ってスノビッシュと言えなくもないが年季が入っており格好良い。
訪問客の年齢層も高く若輩者や不慣れなものにとっては足を踏み入れるのさえはばかられる。ドレスコードも厳格。
ノーネクタイではレストランやラウンジの入り口で「ネクタイの着用をお願いします」と丁重にお引取りを願う言葉をかけられる。
そのクラリジズにシガーバーが出来た、葉巻愛好家なら行くしかないだろう。
だが格調高いホテルのシガーバーを訪問するとなるとおのずから緊張してくる。
毛並みの良い英国紳士たちが上品に葉巻とコニャックを楽しんでいるのではないか。
その緊張感は電話一本で裏切られた。
「ドレスコードは?」と言う質問に電話から聞こえてきた答は「ジーンズとTシャツ以外でしたらなんでもどうぞ」、ちょっと拍子抜けである。
実際ホテルに到着し、周囲を見回してみるとホテル全体がカジュアルに変貌していた。
以前はひっそりといていたロビーは声高に話す陽気なアメリカ人に占拠されており堅苦しさは感じられない。
日本のホテルより気楽な感じを受ける。緊張感も不安感も吹っ飛んでしまう。
重厚で人を寄せ付けないような印象は十数年前までのようである。
シガーバーの名前は“Macanudo Fumoir”、2001年秋に登場した。
アメリカで一番人気のある葉巻マカヌードとクラリジズのコラボレーションである。
イギリスでは認知度の低いマカヌードが満を持してイギリスでの展開を開始する、
その協力者として選択したのがクラシックなクラリジズだと言うのも興味深い。
ロンドンに新しい風が吹いている。バーの内装は重厚と言うよりもデザイナーバーのようにファッショナブル、
アメリカ映画の一場面に出てくるような雰囲気である。
ロンドンにニューヨークを持ち込んだ様だ。
老練バーテンダーがいるかと思っていたらバーテンダーは若いフランス人。
スタッフが若い方が気楽である。
リラックスして葉巻とお酒を楽しめる。
カウンターに座るアメリカ人と思しき4,5人の団体も軽い雰囲気でじゃれあっている。
女性の首の辺りに軽くキスしている。うらやましい。
日本人の方がよほど行儀が良いのではないか。
勧められたのはDiplomatという比較的短い葉巻。
キューバ葉巻に慣れている人には少しマイルドに感じるかもしれない。
シャンパンを合わせてみるとこれが結構いける。
感じとしてはフルコースのディナーの後と言うより休日の午後のひとときベランダとか庭で至福のひと時を過ごすのにベストの組み合わせだ。
シガーバーと言うには誰も葉巻を吸っていない。
不思議な感じがするがメインバーよりおしゃれで軽い感じが受け、若い利用客が多いのだろう。
キューバ葉巻も一応は取り揃えているがメインバーのほうが種類は多い。
一度は行きたい、だがリピーターになるだろうか?
第六回
イギリスは高い・・・・ロンドンは断然プチホテル
クラリジズに代表される世界的に知名度が高いグランドホテルに宿泊するのは気分が良い。
ホテルの威容は大英帝国の華やかな歴史を教えてくれる。
建物は風格があり、レストランは華美、部屋も落ち着いている。
サービスが行き届き便利で快適。
だが、敢えて言わせていただくとイギリスで泊まるべきはプチホテルだ。
もしかするとバーがないかもしれない、レストランがない場合もある、このご時世にメールが出来ないかもしれない。
グランドホテルに比べると明らかに不便だ。
だが、ある程度旅慣れたらプチホテルのほうが面白く快適。
各ホテルに個性があり、温かいおもてなし、他の宿泊客とも親しくなれる。
とにかくお試しくださいというしかない。
たとえばこんなホテルがある。
デュークスホテル。
セント・ジェームスストリートの裏手にひっそりとたたずむ昔ながらのホテル。
建物が歴史を感じさせ、シャーロック・ホームズの映画に出てきそうな感じ。
ジャーミンストリートのショップのスタッフが「ロンドンだったらそこに泊まると良いよ」と薦めるホテルだ。
ロビーは広くはないが趣味の良いソファーが置いてあり快適。
ラウンジは広く雰囲気は上流階級の邸宅の応接室に案内された感じである。
アフタヌーンティーが最高。
秀逸なカクテルを作るバーテンダーが有名であり、バーは訪問する価値あり。
姉妹ホテルにエジャートンハウスホテル、フランクリンがあり、より小規模、まさにプチホテル。
すぐそばのスタフォードホテルも落ち着いた名ホテルである。
ここでは別館キャリッッジハウスに泊まりたい。一生に一度で良いからスイートの宿泊を試したい。
ボーフォートホテル。
ハロッズ裏手にある二十数室のかわいらしいホテル。
レストランもバーもなく朝食、アフターヌーンティーが料金にセットされている。
朝食はルームサービス、ティーはロビー横の客間でいただくことになる。
この客間にいるとイギリスを実感させてくれる。
夜はアルコール類も客間で飲める。しかも無料。これはうれしい。
スタッフが親切かつ親密。柔らかく優しく宿泊客に接してくれる。
ちなみに料金はシングルだと朝食、ティー込みで35,000円程度、他と比べるとリーズナブル。
客室は明るく清潔。広いジュニアスウィートでもグランドホテルのシングル料金で泊まることが出来る。
女性が喜ぶ。
ダランツホテル。
セルフリッジやマークス&スペンサーの奥に入った閑静な場所にある歴史のあるホテル。
閑静だがショッピングエリアに至近の距離にあり便利。
部屋は広くないがリーズナブル。
エコノミーシングルだと2万円程度。
狭い部屋がいやな場合にはStudio Room位に思い切って変えてみたら良いかもしれない。
4万円位。かなり広い。
連泊する宿泊客が多く、客同士もスタッフも懇意になる。
姉妹ホテルがロイヤルレガッタで有名なHenley(ロンドンから1時間くらい)にあり、レッドライオンと言う。
カントリーハウス調で雰囲気抜群なので一度は行きたい。
自分で探す楽しみもあり、人知れず佇む良いホテルがあるらしい。
私なら十数室の22ジャーミンストリートに泊まりジャーミンストリートでショッピングを試してみたい。
第七回
イギリスは高い・・・・ロンドンは男の買い物天国(1)
高級ホテルでもなかなか見かけることの少なくなったトラディショナルな
英国紳士が出没する街がジャーミンストリート界隈である。
ロンドンを代表する目抜き通りピカデリーから1本南に入った通りは男性の街だ。
背広の語源となったと言われる「サヴィル・ロウ」とともに紳士にしか関係のないショッピングエリアである。
シャツ屋、靴屋、帽子屋、グルーミング用品屋等およそ女性には縁のない街だ。
シャツ屋としてはターンブル&アッサー、ハーヴィー&ハドソン、ピンク等、靴屋はトリッカーズ、
クロケット&ジョーンズ、ジョン・ロブ(既成靴)、フォスター等。
フォスターは以前靴よりもカバンに力を入れていたが最近は品揃えがまったく変化してしまった。
頑丈なハンティングバッグが所狭しと置かれていた店内は靴に占拠されていた。
ここでは注文靴マクスウェルの既成靴も販売されている。
またその昔パブリックスクールの超名門校イートンの教員向けに商売していたニュー&リングウッドがシャツ、
靴(一部は名門ポールセン・スコーンの靴)を販売している。
日本で人気が高いエドワード・グリーンは少し離れたバーリントン・アーケードにある。
今回訪問してわかったことだがクロケット&ジョーンズの靴は6万円以上。
VAT(付加価値税)が控除されても5万円以上。
日本では7万円くらいである。確かに日本の7掛け程度の価格であり
安いといえば安いが30%安く購入するのをメリットと考えるか否か人によって異なるだろう。
日本で購入するメリットのほうが大きいと言えるかもしれない。
理由は、せっかくイギリスにいるのだから観光や美術館巡りに時間を掛けたほうが有意義と考えられること、
そしてイギリスの靴屋は自社ブランドしか置いていないが日本で伊勢丹や日本橋高島屋に行けば他のブランドと比較し
自分が満足する靴を選ぶことが出来るからだ。
たとえば日本橋高島屋ではイギリスの靴以外にもフランスのウェストンやイタリアのタニノ・クリスチ、
別の階だがベルルッティとも比較することが出来る。メインテナンスも楽だ。
シャツ屋でもたとえばターンブル&アッサーのネクタイ日本では15,750円、ロンドンでは13,000円、現地だからと言って安くはないのである。
海外でのショッピングが趣味であったり、店員と親密に話したい、あるいは特定のブランドの限定品が欲しい、靴ヲタである等
それなりに理由のある方は何時間でも時間をつぶせる魅力的なショッピングエリアではある。
そして当然のごとく紳士のたしなみである葉巻関係のショップもある。
ジャーミンストリートにあるのがダンヒルとダヴィドフだ。
ダンヒルは紳士向け用品全般を販売するようになったがもともとは喫煙具が主要商品であった。
パイプの品揃えがすごいらしい。断言できないのは足を踏み入れていないからだ。
ショップには失礼かもしれないがロンドンでダンヒルショップでショッピングするのはなんだか「おのぼりさん」気分になるのである。
ジャーミンストリートってなんだか「男の隠れ家」的なマイナーな街。
ダンヒルはなんとなくメジャーなのである。
第八回
イギリスは高い・・・・ロンドンは男の買い物天国(2)
葉巻とシェービング用品の不思議な関係
ジャーミンストリートを東から西に歩いていくと西側で接しているのが
セント・ジェームスストリートである。
この二つの通りに多いのが葉巻屋とグルーミング用品屋(日本語ではなんと言うのだろう。化粧品屋とも違う)である。
実はこの二つ何故か関連があるのだ。男性のイメージであり、洋画のシーンにかなり使われている。
葉巻を吸うシーン、シェービングブラシでソープを泡立てているシーン等。男のたしなみと身だしなみ。
日本ではシガークラブがArt of Shavingを展開しており、アメリカの葉巻のサイトを見るとシガーショップでシェービング用品を扱っているところがある。
洋の東西を問わないようだ。
男の一日はシェービングで始まり葉巻で終わる。
始めと終わりが肝心らしい。一日の始まりのシェービング。
日本人は時間がないからエレクトリックシェーバーによるドライシェービングが多いですね。
確かに日々技術革新が目覚しく剃り味爽快、保管も清潔に出来るようになった。
でも、やはりウェットシェービングのほうが気分が良い。
蒸しタオルを顔に当て、お湯で顔を湿らせ、ブラシでソープをあわ立てたっぷり顔に塗り、カミソリで剃っていく。
髭も眠気もいっぺんに無くなる。
一日はこう始まらなくては…
D.R.ハリス、テイラー、トランパー、フロリス等の老舗があるがシェービング用品専門店となるとテイラーとトランパーが双璧である。
両店とも理髪店も兼備している。ショップをのぞくと楽しい。
ブラシが、ソープが、クリームが店一杯に陳列されている。
数多くの商品の中からじっくりと好みの製品を選ぶのは葉巻を選ぶのと通底している。
さて、葉巻。
ダヴィドフがジャーミンストリートとセント・ジェームスストリートの角に位置し、セントジェースを下るとフォックスがある。
ダヴィドフには広いショップの奥にウォークインヒューミドルがありゆっくり選ぶことが出来る。
品揃えも豊富。小物も多く取り揃えられている。
名物店長がいつも葉巻を吸っている。
フォックスはセント・ジェームスストリート沿い。
近所には帽子のロック、靴屋のジョン・ロッブ(注文靴のほう、既成靴とは別のショップ)がある。
ドアを開けると右側に葉巻が並べられ、左側にはソファーが置かれている。
シガーグッズも結構あるが日本にも面白いグッズを扱う店が多いので食指が動かない。
雑誌等には英国紳士が行儀良く葉巻を吸っている姿が紹介され、敷居が高そうである。
だが、そんなことはない。
誰でも入れる店だ。
入ってしまえば大切なお客様だ、丁重に応対してくれる。
説明もしてくれるし新製品の紹介もしてくれる。
好きな葉巻を選びソファーでコーヒーを飲みながら店員と葉巻談義をする。
英語がある程度で出来れば誰でも楽しめる店だ。
地下には顧客の葉巻を保管している。
レアな葉巻も地下にはあるらしいが、ここはさすがに常連にならないと入れないらしい。
日本人でも常連がいるらしい。
誰か紹介してくれないかな、いつか入ってみたいものだ。
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